境内散策 TEMPLE PRECINCT

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境内散策

総門(北門)

豊臣秀吉の重臣大垣城主 一柳直末(市助)が小田原攻めで戦死し弟の直盛監物が跡を継ぎ関ヶ原の戦いに功あって伍万石を以て神戸城を与えられました。慶長17年(1611)兄 直末の二十三囬忌に当たりこの門を寄進した時の住職は一柳家相続問題による監物暗殺未遂事件で切腹を命ぜられた栗本直治(直末の家老)の忘れ形見で、後に京都の南禅寺や東福寺に住山した有名な養之玄長和尚(石田三成の禅の師)であったことにも因縁を見ます。

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南門

嘗て境内の東南(現在の南門から山門まで)に稲荷堂とその隣に稲荷奥の院に続く朱色の鳥居が並び、その奥の院への門としてあったもので、改修後現在の位置に立て直されました。
ご近所の方のお話しでは、稲荷堂へは地元の芸者さんが芸の上達を願い、その際自分の名前の入った手ぬぐいを木に掛けていくという、何とも風情のある風習があったそうです。現在お稲荷さんは祈祷殿に合祀されています。

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啐啄門

平成後期に市内の邸宅から譲り受けました。境内の西北にありますが、庫裡に隠れ境内からは見られません。北門を出て神戸本通りを左へ30mほど行ったところにあります。

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地蔵堂

昭和38年(1963)に建てられた御堂です。地元の方々に慕われ、毎日お参りされる信者さんも多いお地蔵様です。

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平和観音

第二次世界大戦後、有志により戦没者慰霊のため建てられました。今でも平和を祈る方のお参りがの絶えない観音様です。

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一柳監物顕彰碑

昭和10年(1935)4月に旧神戸主一柳監物直盛の没後300年記念して建てられた顕彰碑です。除幕式の施主は実業家で後に王子製紙の取締役・監査役にもなった一柳貞吉直幹氏が務めました。

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蹲踞(つくばい)

東京・品川の本多家下屋敷にあった本多忠統遺愛の蹲踞(つくばい)です。平成初期に「東芝」より寄贈されました。庫裡玄関前に置かれています。

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本堂 旧鬼瓦

平成13年(2001)、本堂の平成大修理の際に約120年振りに屋根から下ろして以降、境内に安置しています。

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大鵬碑

境内には昭和の名横綱・第48代大鵬の石碑と像があります。大鵬親方は昭和36年(1961)にライバル柏戸とそろって横綱に推挙され「柏鵬時代」を築きました。のちに当時の子どもが好きなものの代名詞として「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉が生まれたことでも有名です。
大鵬親方と當山の宗峰和尚とは昵懇の間柄で、当寺に来られた際には宗峰和尚の部屋で一夜を明かすこともありました。そんな大鵬親方の功績をたたえ、平成17年(2005)に本人も同席のもと「記念碑」と「大鵬像」の除幕式が行われました。師の断髪式でもはさみを入れた宗峰和尚は、師が亡くなったあとも師からの手紙や最後の年賀状を生涯大切にし、今も当山に保管されております。

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包丁塚

昭和62年(1987)、料理人さんたちが使わなくなった包丁に感謝と供養をするため建立した碑です。

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山口誓子の碑

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山頭火の碑

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倉田行人子の碑

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